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生天地

赴日交流见闻——13级日专 柯伟

发布者:发布时间:2015-11-27浏览量:6955次


时间过得又快又慢,快是觉得仿佛自己昨天还坐在外院教室里听着日语精读课,现在却已经在日本习惯了全日语教学;而慢,则是因为对以热干面为代表的武汉的想念,以及只是因为在和朋友聊天时听到对方说要去赶校车,便开始数还有多少天可以回武大挤上“核载18人”的校车时不经意的期盼。算下来,自己作为交换生在日本已经度过了一个多月。


刚到日本,不适应的第一是语言。口语相对较差的我突然被曝露在全日语环境里,虽然不至于慌张,但总是言不达意,感受到了些许的挫败与失落,于是自己有时甚至会避免不必要的日语交谈。这当然是不行的,我开始有意识地逼迫自己用日语和不同的人打交道,即使出错不在少数,但至少迈出了最重要的一步。现在自己的口语依然不够好,但却能感受到变化,而这些变化都是通过不怕出错不怕被笑话的交流与积累实现的。难以想象如果没有这样的外在因素的驱使,我到何时才能真正迈出提高口语的第一步,不过还好不算太晚。我想,语言对于大多数刚开始出国交流的同学都是一个不小的挑战,而“鼓起勇气大胆交流”便是我们上的第一堂课,也是最重要的一堂课吧。

第二是食物。就算日料再精致再健康,依旧战胜不了生下来便有的中式味觉,刚到没三天便开始想念中华料理。“带好老干妈、榨菜还有火锅底料”一定是亘古不变的箴言,“买好锅铲,自食其力”也是大多数出国党谨遵的法则。在国外的料理之路虽然不一定顺畅,但应该会比在国内更宽更广…另外,无论是好吃还是难吃,不要轻易被自己感动,要知道这是许多出国党的日常生活,更要像本人一样一碗蛋炒饭再加上老干妈和榨菜就可以吃得很满足…


如果在出国前就能联系到前几届善于助人、和蔼可亲的学长学姐,你是幸运儿;如果在出国后收到默默奉献的学长学姐留给自己的“家装大礼包”,你也是幸运儿;然而,如果像我一样无依无靠,前后全指望自己,你便一定程度上可以被称作“弃儿”了。但请不要灰心,“弃儿”只是要比幸运儿更早、更多地去独立完成一些和自己利益相关的事情,这是每个人都必须经历的成长。幸运儿也好,“弃儿”也罢,无需抱怨,早日实现独立自由的生长才最重要。

再说到学习方面,在日本这边,课堂上老师会更加注重展开课堂讨论与小组总结发言,这对自己沟通表述能力和逻辑思考能力的提升都是很好的训练。课上时间的高效利用与课下时间的自主预习相结合,和国内相比需要自己思考的东西变得更多,会发觉很多之前自己不曾注意的事物原来也有值得探索的价值。另外,去一趟超市认一堆标签都可以算作一次异文化之旅,更不用说和来自各地的留学生以及日本学生的日常交流,还有不定期的修学旅行和文化体验活动,相对于课堂书本学习,这些学习更加丰富有趣。

外面的世界很精彩,如果有机会有条件出国,不妨给自己的人生多一点不一样的经历。你会发现,原来自己深信的一些并不和事实一样,原来用眼睛、用耳朵、用身体去感受到的不同文化与视点比自己单单从网上获取的更加真实与丰富。当然,对于我们每个在国外多少接受着异文化的人来说,不被新鲜的欢愉与无限的物欲所控制,保持一份对自我的清醒与对初衷的执着,十分重要。




時間のたつのは早いとも、遅いとも言える。日本語・日本社会文化の研修生として、日本に来てからもう一ヶ月ぐらいたった。

最初の大挑戦は日本語だった。急に周囲はネイティブばかりという環境に入るのは、日本語専攻の私にとっても、やはりある程度の不安があった。だが、勇気を出して他人とコミュニケーションをとることこそ苦境から脱する唯一の方法なのだ。これは多分、留学生活の中で一番かつ最も重要な「授業」だろう。

異国の料理が口に合わない可能性もあるので、外国に行くときは幾ばくかの中華風の材料を持っていると安心だ。海外で料理精進はうまくいかないかもしれないが、材料さえがあれば何でも作れるという自信生まれる。

もし、誰の援助も得られず、ほとんどのことを自分で解決しなければならなくても、くじけてはいけない。人が独立するために必要な過程だと思って、しっかりしなくてはならないのだ。

学習方面では、日本はディスカッションと発表を重視した授業を行っている。このような授業は、私たちの話す力と思考力を鍛えるのに役立つ。おかげで、以前気づかなかったことに気づいたり、新たな発想もできるようになってきた。たくさんのコミュニケーションと文化体験活動を通じ、日本の社会と文化に触れ、わたしはより深く日本を理解することができたと思う。

できれば、あなたも留学してみたらどうだろうか?自分の人生に、新しさと豊かさしさをもたらしていこう。

しかし、どんなに楽しくても、我々の留学生は、「初心忘れるべからず」という話をいつも心掛けるべきだ。


指导老师:曾 丹